館林市第二資料館(旧上毛モスリン事務所) - 館林市, 群馬県

Adress: 日本、〒374-0018 群馬県館林市城町2−3 館林市第二資料館(旧上毛モスリン事務所).
Telefon: 276749665.
Webbplats: city.tatebayashi.gunma.jp
Specialiteter: 地域歴史博物館.
Andra intressanta uppgifter: 車椅子対応の入り口, トイレ, レストラン.
Recensioner: Det här företaget har 67 recensioner på Google My Business.
Genomsnittlig åsikt: 4/5.

📌 Plats för 館林市第二資料館(旧上毛モスリン事務所)

館林市第二資料館(旧上毛モスリン事務所) 日本、〒374-0018 群馬県館林市城町2−3 館林市第二資料館(旧上毛モスリン事務所)

⏰ Öppettider för 館林市第二資料館(旧上毛モスリン事務所)

  • 月曜日: 定休日
  • 火曜日: 9時00分~17時00分
  • 水曜日: 9時00分~17時00分
  • 木曜日: 9時00分~17時00分
  • 金曜日: 9時00分~17時00分
  • 土曜日: 9時00分~17時00分
  • 日曜日: 9時00分~17時00分

館林市第二資料館(旧上毛モスリン事務所)

館林市第二資料館(旧上毛モスリン事務所)は群馬県館林市にある地域史博物館です。

この館は、旧上毛織物物産の事務所としての歴史を保存する目的で、2011年9月28日にオープンしました。

館内には、旧上毛織物物産の歴史に関する展示物や文書、そして、地域の歴史と文化に関する資料が展示されています。

この館で利用可能な特徴として、車椅子対応の入り口、トイレ、レストランがあります。

馆内には、旧上毛織物物産の歴史を話す資料があります。また、当時のメイン産業が繊維工業だった頃の事務所としての歴史も紹介されています。正田貞一郎氏は美智子様の祖父、どうりでお顔の雰囲気が似ていらっしゃいます。

利用情報:

Telefono: 276749665

Webplats: city.tatebayashi.gunma.jp

Dirección: 日本、〒374-0018 群馬県館林市城町2−3

👍 Recensioner av 館林市第二資料館(旧上毛モスリン事務所)

館林市第二資料館(旧上毛モスリン事務所) - 館林市, 群馬県
今村洋一郎
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片倉シルク同様、当時のメイン産業が繊維工業だった頃の事務所。正田貞一郎氏は美智子様の祖父、どうりでお顔の雰囲気が似ていらっしゃいます。「上毛」の文字を瓦のデザインに使うなど、洒落てます。入場無料、中に館林を紹介するパンフレットが多数あります。

館林市第二資料館(旧上毛モスリン事務所) - 館林市, 群馬県
Hidehisa S.
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県指定文化財・重要文化財
旧上毛モスリン事務所附棟札

旧上毛モスリン事務所

所在地
城町2-3 第二資料館

所有者・管理者
館林市

指定年月日
昭和53年(1978)10月13日

旧上毛モスリン事務所附棟札
上毛モスリン株式会社は、明治中頃に館林周辺の技術的伝統である機業(きぎょう)を生かして設立され、基幹産業の一つとして、明治以後の町の発展に大きな影響を与えた会社である。
この建物は、明治41年(1908)から同43年にかけて、館林城二の丸跡周辺に新工場を建設したときに建てられた事務所で、木造2階建の洋風の建造物である。
設計者・施行者ともに不明であるが、尺貫法を用いた入母屋造(いりもやづくり)で、小屋組(こやぐみ)はクィーンポストトラスを基本とした構造になっている。
外観はシンメトリー(左右対称)を基調とし、張り出しの浅い屋根、上下開閉式の窓、柱、階段の手すり、天井等に洋風の意匠が採り入れられ、この地域における洋風建築発達時の様子をよく示している。
明治維新後における城下町の近代化を示すものとして欠くことのできない文化財である。

棟札(むなふだ)…棟上(むねあ)げの時、工事の由緒、建築の年月、建築者の名前などを記して棟むな木ぎに打ちつける札のこと。
クィーンポストトラス… トラスとは、部材が三角形を単位とした構造骨組みの一つで、クィーンポストトラスは、山形トラスの中央付近に相対する垂直材を持つトラスのことをいう。
(館林市ホームページより)

館林市第二資料館(旧上毛モスリン事務所) - 館林市, 群馬県
ノブ
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明治時代にあった機械織りの会社の事務所だった建物。今は資料館となって無料で公開されています。

まあそんなに目を引く感じの展示内容ではなかったけど、館林市の里沼が日本遺産に登録されているというのは結構な驚きでした。

ちょうどここに来る前にたまたま足利学校に行ったので、なんか変な縁を感じます。どうやら 群馬県の桐生市 も 日本遺産に登録されている場所があるっぽいので、ここまできたらそこも行ってみたいと思います。

館林市第二資料館(旧上毛モスリン事務所) - 館林市, 群馬県
ゆるもっぺ
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入館無料。靴を脱いで上がります。洋風のモダンな建物で、明治時代から盛んだった繊維産業の中で羊毛や木綿の平織りであるモスリンが如何に館林と日本を支えたが解る。

館林市第二資料館(旧上毛モスリン事務所) - 館林市, 群馬県
DAMキーボード
5/5

資料館の二階は開放され、時折開かれるコンサートは無料で聞けます。
どんな良いホールにも負けず、良い音が響きます。春は新緑の中で、秋には紅葉がキレイです。

館林市第二資料館(旧上毛モスリン事務所) - 館林市, 群馬県
よしざわとしのぶ
5/5

館林市第二資料館の中にある、旧上毛モスリン事務所ですが、明治時代の建物でした。すごくお金もかかったでしょうが、その分とても立派な建物です。建物の中に入れますが、入ったら土足禁止です。玄関左側に、スリッパがあり、脱いだ靴を下駄箱に入れて、履き替えます。その時、自動で体温測定もされます。中に入って驚いたのが、黒く塗られた大きな馬車です。これはすごいと、誰しも思うと思います。そして、天井が高いです。また、天井に付いている電気も、洒落た電気です。二階建てで、二階にも上がることができます。二階も、広々として、やはり、天井が高く、二階の窓から見る景色が、今のサッシと違い、少し歪んで見えるのが、味があって、とてもいいんです。帰りに、使用したスリッパは、かごに入れて帰ります。

館林市第二資料館(旧上毛モスリン事務所) - 館林市, 群馬県
beam P.
5/5

館林市第二資料館(旧上毛モスリン事務所)の現在に至るまでの歴史と館林市との関係を時系列にまとめてみました。もし誤りが有りましたら、お知らせ頂けたら幸いです。

〇上毛モスリンの設立と発展(明治期)

-1894年(明治27年):
荒井藤七と鈴木平三郎がモスリン製織の研究を開始。
-1896年(明治29年):
モスリン製織に成功し、毛布織合資会社を設立。
-1897年(明治30年):
工場を館林町(現在の鞘町)に建設。
-1902年(明治35年)4月:
毛布織合資会社が解散し、「上毛モスリン株式会社」を設
立。館林周辺の機業の技術的伝統を活かし、近代産業とし
て町の発展に大きく貢献する。
-1908年(明治41年)〜1910年(明治43年):
館林城二の丸跡に新工場を建設。この際、現在「旧上毛
モスリン事務所」として知られる木造2階建ての擬洋風
建築の事務所棟が建てられる。

〇戦中・戦後の変遷(昭和初期〜中期)

-1927年(昭和2年)10月:
日本興業銀行と日本毛織の共同出資により、上毛モス
リンが「共立モスリン株式会社館林工場」と改称。
-1941年(昭和16年):
共立モスリンが日本毛織に合併され、「日本毛織株式
会社館林工場」となる。
-1943年(昭和18年):
中島飛行機に貸与され、「中島飛行機館林分工場」となる。
-1945年(昭和20年):
GHQに接収され、倉庫として利用される。
-1947年(昭和22年):
神戸生絲に賃貸され、「神戸生絲株式会社館林工場」
となる。

〇館林市への譲渡と第二資料館としての開館(昭和後期)

-1977年(昭和52年):
館林市庁舎建設の計画が持ち上がり、旧上毛モスリン
事務所の保存を求める声が上がる。
-1978年(昭和53年):
工場の一部が市庁舎建設地となり、旧上毛モスリン
事務所が「館林市へ譲渡される」。
同年10月には、群馬県指定重要文化財に指定される。
-1979年(昭和54年)〜1980年(昭和55年):
保存のため、現在地(館林市城町)へ曳き移転および
復元工事が行われる。
-1981年(昭和56年):
「館林市第二資料館」として開館。旧上毛モスリン
事務所は、館林市の歴史的建造物として公開される
こととなる。

〇現在(平成・令和)

-1992年(平成4年):
神戸生絲館林工場が市内羽附旭町に移転。旧工場跡地
は市役所東広場となる。
-2011年(平成23年):
「ぐんま絹遺産」に登録され、県内の織物の遺産として
その価値が再認識される。

〇館林市との関係
旧上毛モスリン事務所は、明治期における館林の
主要産業であったモスリン製造の中心的存在であり、
地域の近代化と経済発展に大きく貢献しました。
戦後、工場としての役目を終えた後も、その歴史的・
建築的価値が評価され、館林市の所有となり、保存・
活用されています。現在では、館林市の歴史を伝える
重要な施設「館林市第二資料館」として、市民や観光
客に公開されており、館林の歴史と文化を象徴する
存在となっています。

館林市第二資料館(旧上毛モスリン事務所) - 館林市, 群馬県
ロン・オッター
4/5

もともとは館林城の二の丸跡に建っていましたが、市役所庁舎建設のためこちらに移築され、現在は館林市第二資料館となっています。

明治初期に流行した擬洋風の歴史的建造物ですが、この建物は1910(明治43)年竣工と大分流行から遅れていたようです。
しかしその甲斐あって(?)、なかなか洗練された作りになっています。

館林は江戸時代から養蚕業とそれに伴う機織業が盛んであり、1902(明治35)年に地元有志が上毛モスリン株式会社を設立。
当初の工場は現在の館林駅の近くだったのですが、1910年に館林城二の丸跡地で新工場を稼働させました。
新工場稼働から14年後の1926(大正15)年に上毛モスリンは敢え無く破産。その後は共立モスリン、日本毛織、中島飛行機、神戸生絲の工場へと次々にオーナーが変わるも、一貫して館林を象徴する大工場でした。

こことはあまり関係ない話ですが、上毛モスリンは千葉県市川市にも工場を持っていて、その工場を引き継いだ日本毛織時代は、日本最大の大工場と言われるまでになりました。そこは現在「ニッケコルトンプラザ」というショッピングモールとなっています。
一時代を築いた紡績関係の工場跡地がショッピングモールになるってよく聞く話ですが、コルトンプラザはそのはしりだったようです。

ところで、モスリンって私は殆ど馴染みのない単語でしたが、調べたところ羊毛(ウール)で織った薄手の布地のことだそうです。
現在は化繊に押されて殆ど見ない素材ですが、最近、メリノウール素材のアウトドアウェアが人気となっており、これはいわば現代のモスリンですね。
メリノウールは通気性が高いので夏は涼しく、ウール素材は蓄熱性が良いため春秋は暖かく、という相反する機能を両立させています。
また、消臭機能もありますので、スポーツやアウトドアなどのシーンで活躍しますね。

尚モスリンとは、昔巨人に在籍していた助っ人外人モスビーを、ちょっと可愛く呼んだのでは決してありません!
シーズン途中の入団ながら3割20本をマークした好打者だったんですけどね…。

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