大岬旧海軍望楼 - 稚内市, 北海道

住所: 日本、〒098-6758 北海道稚内市宗谷岬4−1 大岬旧海軍望楼.
電話番号: 162236161.
ウェブサイト: city.wakkanai.hokkaido.jp
専門分野: 史跡, 観光名所.
その他の興味深いポイント: 車椅子対応の入り口.
口コミ: この会社はGoogle My Businessで97件のレビューを持っています。
平均意見: 4.2/5.

📌 の場所 大岬旧海軍望楼

大岬旧海軍望楼 日本、〒098-6758 北海道稚内市宗谷岬4−1 大岬旧海軍望楼

⏰ の営業時間 大岬旧海軍望楼

  • 月曜日: 24 時間営業
  • 火曜日: 24 時間営業
  • 水曜日: 24 時間営業
  • 木曜日: 24 時間営業
  • 金曜日: 24 時間営業
  • 土曜日: 24 時間営業
  • 日曜日: 24 時間営業

大岬旧海軍望楼について – おすすめのご案内

大岬旧海軍望楼は、北海道稚内市宗谷岬に位置する、歴史的価値と絶景を兼ね備えた観光名所です。この場所は、明治時代に日露戦争への備えとして旧帝国海軍によって建設された史跡であり、その歴史的背景と、広大な宗谷岬の眺望は、訪れる人々を魅了します。

所在地と連絡先

住所: 日本、〒098-6758 北海道稚内市宗谷岬4−1
電話番号: 162236161
ウェブサイト: city.wakkanai.hokkaido.jp

大岬旧海軍望楼の魅力

この望楼は、宗谷岬という日本最東端の地に近い場所に建てられており、サハリン方面の絶好の眺望が広がります。特に夕暮れ時には、空が赤く染まる景色は圧巻で、多くの観光客が訪れる人気のスポットとなっています。

#### 歴史的背景

望楼は、1902年に日露戦争への備えとして建設されました。当時の日本の外交情勢は複雑で、日英同盟が結ばれ、日露戦争へと向かう中、この望楼は、国境警備の重要な役割を担っていました。明治35年に建造されたこの建物は、日露戦争以前の日本の軍事戦略と、国際情勢における日本の位置づけを知る上で貴重な資料と言えるでしょう。

#### アクセスと設備

車椅子対応の入り口が設けられており、バリアフリーに対応しています。
駐車場から急な坂を上る必要がありますので、歩行には注意が必要です。
周辺には野生の鹿が生息しており、足元に鹿の糞が散らばっていることがありますので、歩行には注意が必要です。

周辺情報

宗谷岬周辺には、食事処が限られているため、事前に計画を立てて訪れることをお勧めします。夜道は暗く、鹿が出没する可能性もあるため、十分な注意が必要です。

観光客の皆様へ

大岬旧海軍望楼は、歴史と自然が調和した美しい場所です。この場所を訪れることで、日本の歴史を学び、忘れられない景色を堪能することができます。詳細な情報や最新の状況については、公式サイト ([http://www.city.wakkanai.hokkaido.jp/kanko/midokoro/spot/boro.](http://www.city.wakkanai.hokkaido.jp/kanko/midokoro/spot/boro.)) をご覧ください。

より詳しい情報や、周辺の観光情報、イベント情報などを知りたい場合は、ぜひウェブサイトをご覧いただくか、電話にてお問い合わせください。

市町村観光協会: city.wakkanai.hokkaido.jp

👍 のレビュー 大岬旧海軍望楼

大岬旧海軍望楼 - 稚内市, 北海道
makoto Y. B.
5/5

2024.10.13日曜夕暮れ16:45 駐車場から急な坂を上ると大きな駐車場、風車や大岬旧海軍望楼があります。知らないで上がってきたが正解♪ 空が赤く染まり雄大な景色を堪能しました。この時間にここに居ること自体、次にどこに行くのか?決めてないと心細くなる。南に下っていくが食事する所が無い事に気を付けた方が良い。夜道は暗いし何度も鹿が飛び出してきて轢きそうになった。速度を出したい気持ちと鹿にぶつかるリスク有ります、注意だね♥

大岬旧海軍望楼 - 稚内市, 北海道
Lavender M.
4/5

宗谷岬唐少し高台に来た場所です。
景色も良く、気持ちの良い場所です。
足元は草ですが、野生の鹿がいるので糞があちらこちらに落ちています。
歩かれる時は足元に気をつけた方が良いでよ!

大岬旧海軍望楼 - 稚内市, 北海道
Kenji S.
5/5

稚内市指定文化財。
サハリン方向を見ると最高の眺望です。これは絶対に階段を上って上からみてください。ただし、外からみると、一番上にも上れそうですが、上る道はありません。

明治35年(1902)に、国境の備えのために旧帝国海軍が建設した。
日露戦争が1904年だからその2年前。露仏同盟に対抗するために1902年1月に第一次日英同盟を結び、日露戦争に進んでいく。
当時、山県有朋や加藤高明らが日英同盟を主張、一方で、伊藤博文や井上馨らはロシアとの日露協商論を唱えた。結局、締結された日英同盟が日本の軍事行動に名目を与え、第一次世界大戦につながっていく。

大岬旧海軍望楼 - 稚内市, 北海道
Kun
5/5

明治35年に建てられた旧帝国海軍の海軍望楼の軍事史跡で、日本の最北端である稚内市宗谷岬公園内に現存するものです。

大岬旧海軍望楼 - 稚内市, 北海道
姫新Kishin
4/5

高台の上にあるので見晴らしが良いです。今は廃墟となってしまっていますが、かつては名前から推察できるように北方国防において非常に重要な役割を果たしていたみたいです。1902年に旧日本海軍が建設したもので、日露戦争のときには当時世界最強と呼ばれたロシアのバルチック艦隊の動きを監視する重要任務を行っていたそうです。
高台に来るまでの階段が少しきついかもしれませんが宗谷岬に来た際には是非こちらにも寄ってみて下さい!良いところです。

大岬旧海軍望楼 - 稚内市, 北海道
Seiichi H.
4/5

日露戦争時代は重要な施設だったようです。
現在は平和な展望台になっており、宗谷岬を見渡すことが出来る様になっています。
最上部の屋上は入れませんが、その横の展望台からでも十分な展望でした。

大岬旧海軍望楼 - 稚内市, 北海道
akio I. (.
5/5

南進政策を進める帝政ロシアへの備えとして、1,902年に築かれた石造りの堅牢な監視所です。直後の1,904年には日露戦争が勃発しています。いつの時代も安全保障はとても大切です。

大岬旧海軍望楼 - 稚内市, 北海道
GOYARD
5/5

岬の先端よりも少し高台に建っているので遠くまで見晴らせます
背後に不思議なドア🚪があります
元々はこの平地に何か建物があったんでしょうね

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